福岡に写真屋さんをつくるまでの話。 I open photograph-shop in Fukuoka. It is none till then. from sakai sakiho

2009年2月28日土曜日

中古の現像機

一本の電話が鳴った。私は沖縄にいた。FUJIFILMのFさんからだ。Fさんは、「応援するよ」という言葉より先に人やお店に愛情を降り注いでくれるとても信頼できる方。「酒井ちゃん、機械は決まった?どこのメーカーのどんな機械でも君のラボなら応援するから、本当にやりたいことをやりなさいよ。」と言いながら、電話の先で朗報のように「ちょうどよい中古の現像機が見つかったんだけど、どうだろう。」と教えてくれた。知らない間にいろいろ動いてくれていたのだ。

その日、夕方から福岡に戻りオーナ会った。
コンセプトの話しや、どんなことがしたいのかなどを話した。
「さ、どうしようか」とオーナーから切り出され、私が話した内容を汲み取って、いつの間にかオーナーがその場で現像機を発注していた。今朝、Fさんから連絡をもらっていた中古の現像機。私がお手洗いで席を立った1〜2分のことだった。

席に戻ったら「もう発注したよ」という一言。
さすがである。今まで迷った時間は何だったのか。笑
私のお見合い相手もオーナーに頼みたい、と心ばかり思った瞬間だった。

今日で決める

現像機を迷っている。ドライかウェットか。ドライとはいわゆるインクジェット方式のタイプで、染料インクと顔料インクによって機械も違う。ウェットとは従来の印画紙に焼き付けるタイプ。今、世の中に出回っているプリントはほぼウェットタイプの写真。でも今後はウェットタイプの現像機も無くなるだろうと言われている。
何を迷っているのか。

・紙質のいい写真を残して行きたいのか
・写真の周りにある付加価値を創りだしていくのか

「残す、伝える、つなぐ」
このコンセプトで残せるものは何なのか、ずっと頭の中をぐるぐる巡っている。

2009年2月27日金曜日

融資

ソネスのオーナーYさんから電話。
「融資が満額おりることになりました!これで100%進みだせるよ」という連絡を真っ先にいただく。嬉しいが実感はまだわかない。
私はと言えば出張にて沖縄入り。仕事の合間を縫って久高島へ。おだやかな波の音を聞きながら、この電話を受け取る。やってやろう!という意欲より、きっとうまくいくはず、というふわふわした根拠のない思いがまとわりつく。
久高島が放つ特有の風がそんな気持ちにさせるのか、花粉症で咳き込み頭がモウロウとしている体調のせいなのか、とにかくやることだけは確実に決まった今日。

2009年2月14日土曜日

オーナー

写真屋をやりたいという夢を実現できるのにはわけがある。早々に言うとオーナーがいるということ。私が19歳のときにアルバイトさせてもらった写真屋時代からお世話になっている塩山高之さんは、知る人ぞ知る写真業界を作って来られた人の一人。考えや行動が柔軟でユニークな上に商売人の心を持ち、温かく、人として魅力的で尊い人。
そんな塩山さんが突然私に「君がやりたい写真屋をやりなさい。応援するから」と言ってくれたのは1年前。そこから毎月一回顔を合わせ、写真屋さんをやることが実現に向かっている。

今日は塩山さんとの打合せ。
「写真に自由になりなさい。君がストレスの無いようにやっていくには何が一番大切か。そしてお客さんに何が伝えたいのか。やりたいようにやりなさい。君の信念を応援する。」と言ってくださった。
自分を思ってくれる言葉。涙があふれるが悲しいわけもなく、それでいてうれしくてはしゃぐような気持ちでもなく、ただ口を横一直線に結び、心から溢れ出るものをなるべく外へ出さないようにぐっと堪えた。

この気持ち、忘るるべからず。